


伊能忠敬は、17歳のとき伊能家の婿養子に。
ここは江戸へ出るまでの旧宅です。
役職は名主・村方後見役。家業は鋳造業。家財を3倍まで殖やし、村の人々をよく助けて、いい領主だったようです。
38歳のときに松島へ旅し、宮城県岩沼市竹駒神社で芭蕉の句を手帳などに記録するなど、風流人だったとあります。
48歳のときに関西へ旅行。伊勢神宮、吉野、姫路を見たりした。このあたり、僕も同じようなルートで旅行しており、ひじょうに親近感を持ちました。
伊能忠敬は旅行中、方位観測を行っており、天文・暦学に興味をのぞかせたようです。
コメント
コメントを投稿